この手に落ちたもの。
この手から、そうして零れていったもの。
―――それらを拾い集めるには、一体どれくらいの時間がかかる?
<何にも変えられない>
「……また、此処に居られたのですね」
「ケント…」
いつもの様に、彼は城から離れたこの場所までわざわざ同じ時間に迎えに来る。
そんな彼をいつもの様に振り返る、キアランの公女リンディス。
「……今日は、朝から寒い気温でしたが…平気でしたか?」
そう問い、その顔は軽く笑みを持つ。
その表情を見ると、リンの心はふわりと温かくなる。
「ええ、平気よ、今日は風が心地よかったわ」
「そうですか……」
「風が……」
「風が?」
「そう。 静かに、体を通して…話し掛けてきてくれるの」
そう答えて、リンはそっと深呼吸をした。
やんわりと、体を伸ばせば優しく風は包んでくれる。
体中に新鮮な空気が入っていくのが感じられて、リンはこの行為がとても好きだった。
その鷹揚とした姿を、ケントは静かに眺める。
「……ケントも深呼吸でもしてみたら? 最近、忙しいのでしょう?」
「えぇ……まぁ」
「ほら、ケントも」
リンは、くるりと体を回して、軽やかに再び足を地に付ける。
婉然として微笑みを浮かべるその顔に、ケントは思わず見惚れ、頬には僅かに朱が差した。
幸いにも、それは鮮やかな夕日に紛れ、彼女が気付く事は無かったが。
「………では、帰りましょうか」
「ええ、そうね」
リンは、返事をしてからそっとケントの手を握った。
途端に、びくりとその手が跳ね上がる。
「リ…リンディス様?」
「いいじゃない、たまには」
リンはふふ、と笑ってケントの顔を見やる。
それに耐え切れずに、ケントはふっと顔を反らしてしまった。
そんな彼の新鮮な反応に、思わずリンは体を彼に半ば預ける様に、軽く凭れ掛る。
いつの間にか、握った相手の手はすっかり熱を帯び、ほんわりと温かかった。
―――こうして、貴方や、この風を身に感じていれば。
私は……まだ、母なる故郷を離れていても…大丈夫。
だから………生きている、意味が鮮明に、見える…………。
別の日。
この日は、いつもの蒼穹は見えず、分厚い曇天に覆われていた。
風も時折吹く、生温い風しか吹いておらず、気分もそれ程晴れる事もなく。
それでもリンは、黙ったまま、故郷の方角を遠く、見据えていた。
曇天のお陰で時間帯が分かり辛かったが、そろそろいつもの様にケントが迎えに来る時間帯である。
だが、この日は何故かその時間帯が過ぎてもやって来る気配が無かった。
リンは気持ちが落ち着かず、いつの間にか足は自然と貧乏揺すりをしていた。
「……今日は…来てくれないのかしら……」
リンはたった一人でふと呟き、ぼうっと空のどんよりとした雲を眺めているうちに、いつしかすぅっと眠りに落ちていった。
―――ようやくリンが目を覚ますと、肌に柔らかい、温かい感覚があった。
辺りの暗さに、はっとなって空を見上げようとすると、ふっと暗影が落ちた。
「……目覚めになられましたか、リンディス様」
「…ケント……」
リンの体には、温かい上着が掛けられている。
体を冷やさないようにと、ケントは自分の来ていた上着をわざわざリンに掛けてくれたのだった。
「風邪など、惹かれておられませんか?」
「有難う……ケントのお陰で大丈夫よ」
リンは、精一杯微笑み返して、ケントの体を抱き締めた。
すると、ぎゅっと抱き締めた温もりと混じって、微かに血の匂いがした。
「………ケント、これ……」
「すみませんリンディス様、汚れてしまいますから、どうか…」
ケントは慌てて、リンの体を離す。
「構わないわ、その怪我……何処でしてきたの?」
リンは心配そうにその怪我を見つめる。
「少々、町で揉め事の様な事がありまして……武器を持ち出す程の、事態になってしまい…」
ケントは済まなそうに、顔を下げた。
「いいのよ、さ、顔を上げて。……早く戻って手当をしなきゃ」
「……すみません、迎えに来るのも、遅れてしまって…」
「別に良かったのに……どうして、来てくれたの?」
私がもう戻ってるかと思うんじゃないのかしら、と。
「……セインが、言っていました」
「………何て?」
「あのお方なら…きっと、お前の事を待っていて下さるよ、と……」
「そう……」
リンは、思わず微笑を浮かべて。それで。
「有難う、ケント」
微かに冷たさを持つ、その彼の体に、手の平に、するりと自分の手を滑り込ませて。
自身の熱を、分け与えるかの様に体を密接させた。
「ケント―、リンディス様―――……!」
遠く、城に近付くにつれて、次第に恐らくセインであろう人の声が、明るく響いてきた。
End
何だかリン×ケントだなーと思ってそうしました。リンの方から先導してくれそうなので^^
何気にセイン出してます。ていうか出してやりたかったんです←
実はおまけがあったりします…それが本当に書きたい話だったかも(ぇ
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